傍流

現役大学生の僕が思うことを思うままに書いていくブログです

11月12日(火)【隔靴】

ホテルを出ると、冷たい夜の街の風をほおに感じた。窓やネオンがちらちらと道を照らしている。人はまばらだった。

ふりかえってみると、話が噛み合っているのかいないのかわからない会話を延々と繰り返したような2時間だった。お辞儀、敬語、空のコップ、そうですね、はい、ありがとうございます、汚れた皿、皿、皿。嫌悪はなかった。ただ嫌悪を抱けない自分がいやだった。印象に残ったことといえば、年齢を聞かれ二十三と答えると羨ましがられたこと。自分では23などもう随分と年をとった気でいたが、世間ではどうやらそうではないらしい。だが、私もまたじきに羨む側に回る。そしてそれを避けるすべはない。

火照った顔が十分に冷めるほど待っていてもバスは来なかった。どうやらバス停を間違えたらしい。別のバス停を探すのもそれ以上待つのもいやだったので歩くことにした。これだから都会はいやだ。いっそ人っ子一人通らぬあぜ道ならば諦めもついて小気味好く歩いていけるというのに。眼前を通る車が無数にあるというのが余計に腹立たしい。

革靴の重さをいつもより強く感じながら歩いていく。駅に着いた。ホームには女子高生がいた。華奢な肩に重そうな薄紫のリュックがくいこんでいた。痴漢をしようという人間の気持ちはわからないが、なんとなく蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。これは似たようなことがよくある。葬式の最中に「今叫び出したらどうなるだろう」と考えたり、禿げた偉い人と話している時にその禿頭をはたきたくなってしまったりする。実行に移すことは今日までなかったしこれからもないだろう。ホームに向かって蹴り出したら、地面に落ちた熟れた柿の実のように、その色鮮やかな中身の一部を外に晒すだろうか、それとも思い切り足を振ったところで他人を動かすほどの力が生ずることはなくただ自分がバランスを崩して床を転がるだけだろうか。結果を知ることはない。

ホームに入ってきた電車に乗り込む。携帯電話の充電は心もとなく、暇はつぶせそうにない。仕方なく入り口の横に陣取ると、目的の駅までの數十分をぼんやりとしながら過ごすことに決めた。しばらくすると嗄れた白髪のサラリーマンが入ってきて自分の隣に来た。彼があまりにもそわそわもぞもぞと常に動いて不愉快だったので場所を移すことにした。いつか自分もああなるのだろうか。自分としては芋虫と蛹ほどに違うように思えた。この場合両方とも蝶になることはないようだが。

電車の音、勝手に開くトイレの扉、小さな羽虫、視界を曇らせる眼鏡の汚れ、不愉快なものはたくさんあったが、特に他人の話す声がきつかった。かしましく、方言のきつい聞き取りづらい会話。いっそ別の言語で、自分がさっぱりわからない言語で話していて欲しかった。意味が取れそうで取れない会話というものがここまで気持ち悪いとは知らなかった。

最寄駅に着いて、駅を出る。終バスはもう出たのでここから家までの数キロを革靴で歩かなければならない。空気はさっきよりも冷たく感じた。